ニュートラルフレンドは本当に友達?"どんな時も中立な立場でいたい”友人がいますか?
みなさん、こんにちは。
日本はとても蒸し暑いと聞いてます。
体調を崩さないように気をつけて下さいね。
みなさんは、、、
どう思いますか?
Xで語ったことが話題になり、
ニューヨークポストにも取り上げられた
女性のコメントを最近、聞きました。
https://x.com/OneJoblessBoy/status/1730904386497331443

この中で彼女は、、、
友人を傷つけたもう一人の友人と、
何事もなかったかのように仲良く笑い合う、
「ニュートラル」
であり続ける人が信じられない
と話しています。
彼女たちは偽善者で、
ピースメーカーのふりをしているだけ、と。
賛否両論のコメントに対して彼女は、
続編としてのコメントをTikTokにあげています。

友人たちが揉めているにも関わらず、
何も知らないように振舞うことは、
その人の忠誠心の欠如であると。
ニュートラルな人は友達ではない。
それはただの知り合いだ。
彼女の言葉を聞きながら私は、
ひとりの友人について考えていました。
彼女は事あるごとに、
「誰の味方もしない。」
「中立でいたいからね。」
と口にします。
私はそのニュートラルな友人に対して、最近、
疑問を感じ始めていました。
彼女に、AさんとBさんという友人がいるとします。
どう考えてもAさんに非はなく、
Bさんが一方的にAさんに嫉妬しているか何かの理由で、
ことあるごとにAさんの気持ちを凹ませ続けている。
こんな場合も彼女のスタンスは変わりません。

どちらの側にも立たない理由として、
Bさんの長所を挙げ、Aさんの短所を探して、
2人の関係をイコールにしようとするのだけど、
とても違和感を感じます。
私からすると、彼女はどちらにも味方しないと言いながら、
実は非のあるBさんのサイドに立っているように聞こえてしまうから。
私はしばらく前から、彼女にプライベートを聞かれても、
水に濁してシェアしないようにしています。
何を話しても、結局、いつも
虚しい気持ちが残るだけだからです。
That's what friends are for.
乙女的には、こんな風に言い合える友達だけで良いかな。
みなさんはどう思いますか?

Love,
本当の自分の居場所はどこ?
みなさん、こんにちは。
また雷が近くで鳴っています。
みなさんは眠っているとき、
同じ夢を何度も見ることがありますか?

私は子どもの頃から見続けている夢が
ふたつあります。
ひとつは、小学生の私が学校から帰ると、
母が庭に大きな穴を掘っていて、
殺された父が半分埋められている夢です。
母は私に気付いた途端、
ものすごい形相の魔女に変貌します。
お決まりのような流れですが、
私は必至で魔女になった母から逃げる。
けれどすぐに、赤ん坊の弟を助けなければ!
と思い、家に戻ろうとするのです。
ところが、たくさんのモンスターが行く手を阻む。
頭の中で作り上げたらしい怖そうなモンスターたちは、
私が大人になるにつれて変わり、
普通の人間の姿をした殺人鬼が
あらゆる手で私を殺そうとします。
目が覚める頃には、いつも周囲の知らない誰かが
犠牲になって殺されてしまいます。
とても嫌な気分で目が覚めます。

もうひとつは、実家の裏にとても大きな竹藪があって、
細い道が海まで続いている夢です。
高い竹の枝からもれて来る光の感じで、
少し早い時間の夕方のように感じます。
その道をひたすら歩き続けている自分は、
年齢ごとにやはり成長していきました。
自分の後姿を見ている感じです。
ある瞬間、突然、道が途切れて
目の前にいきなり海が現れる時、
夢の中の私はとても安堵しています。
そして毎回、同じことを思うのです。
あの海の向こうに、
本当の私の場所がある。

母から、実家から、逃げたかった気持ちが
とても強かったのだと思います。
タイムマシーンがあったら、、、
子どもの頃の私に会いに行きたいなぁ。
あの場所から連れて逃げてあげたい。
今でも、これらの夢を見ると、そんな風に思います。
その夢で願った通り、
私は海を越えてアメリカに住んでいます。
けれど、ここも、、、
本当の私の場所ではなかったようです。

どこに住んでいても、、、
自分を大切に思ってくれる人、
愛する人がいる場所こそ、
本当の自分の居場所なんでしょうね。
Love,
「幸せ」でいることが、居心地悪く感じるのは何故?
みなさん、こんにちは。
新しい一週間が始まりましたね。
あまり雨が多くありませんように。
今日は、前回の続きを書いてみようと思います。
忘れたいけれど忘れることが出来ない。
そんな記憶と一緒に生きていくのは、
時に本当に辛いものですよね。
辛いだけでなく、怖いのは、
その記憶が、あなたの人生を
左右してしまうこともある、
と言うことです。

私の話しを例にあげます。
母親から虐待されていたことは、
数年前まで私を煩わせたことは
ありませんでした。
母にも事情があったのだろう。
そう思うことで、自分では既に母を許しているし、
愛しているとさえ思っていたのです。
子どもの頃の虐待が気になり始めたのは、
友人たちに繰り返し言われ続けてきた言葉に突然、
自分自身も疑問を感じ始めたからです。
乙女は、どうして最終的に選ぶのはいつも
変な人ばっかりなの?

笑
自分でも笑うしか答えようがないくらい、
まぁ、しくじって来ました。
私は三回、結婚しています。
最初の夫は、命の危険さえ感じるほど嫉妬深い人でした。
二番目の夫は優しい人だったけれど、ギャンブル好きで、
私が気が付いた時は手遅れで、二人で購入した家も失いました。
三番目の夫は、、、
後のネタにとっておきます笑
ここでお伝えしたいのは、
私はただの一度も、
理想の結婚像を思い描いたこともなく、
はたまた家族とは一体何なのか?
全く分かっていなかった、
ということです。
シンデレラを夢見る女性は多いのでしょうね。
将来〇〇くんのお嫁さんになる。
だって〇〇くんは優しいし、頭が良いし、
スポーツも出来るし、家も大きいし。
子どもの頃から相手に求める条件が、
しっかり決まっていた友人たちは
たくさんいました。
理想の男性に求める言葉も色々移り変わり、
ちょっとググれば、
3高、3C、YSCに、3NO
なんていう条件まで出て来ます。
私が一度も意識して来なかった言葉です。

私を大切にしてくれる男性たちから、
プロポーズされたことも何度かあります。
その人たちのご家族はみんな、
とても仲良しそうで、私に対しても、
とても優しくしてくれました。
彼らのうちの誰かと結婚していたら、、、。
もしそうしていたらきっと「幸せな家庭」
というステイタスの中にいたのでしょう。
けれど私には
「居心地が悪かった」のです。
仲の良い家族。
私の目には、アニメで観るサザエさんのような、
バーチャル的なものにしか映らず、
それが、現実には思えませんでした。

虐待を受けたり、
両親の不仲を見て育った人の中には、
私と同じような道をたどる人が
多いと聞きます。
何故なら、、、。
幸せでいることが不安だからです。
私がそれに気づいたのは、やっと最近、
カウンセリングを受け始めてからでした。
親からだって愛されていないのに、
どうして他人が私を愛してくれるだろうか?
そんなことがあるわけがない。
こんな幸せはいつか消えてしまう。
だって私は、
「愛される価値がない」のだから。

不幸せなリレーションシップにいる限りは、
あなたが子どもの頃に体験していた通りですから、
それ以上失望することも期待することもありません。
よく知っているから
「居心地が良い」のです。
傷つけられ、裏切られれば悲しいけれど、
「やっぱりね。」と割り切ればいい。
あなたは、あなたの過去で既にそれを学習しています。
人は自分が体験したことだけを
「普通」だと思い込むのです。
もちろん他の家庭と比べて、
何だかうちはおかしい、と頭では感じていても、
自分の経験、環境のみが、
自分の中で「普通」
という基準に設定されてしまうのです。
これは大人になってから、
おかれる環境によっても左右されます。
インプリントという言葉があります。
ご存じと思いますが、
生まれたてのヒナが孵化してから、
最初に見たものを親だと思い込む現象のことです。
後から本当の親を見ても、
家族だとは思わないんですね。
旅行は楽しいですよね。

近場の温泉ではなくて、
初めての海外旅行はどうでしたか?
どんなに素晴らしい旅行だったとしても、
自分の家に帰った瞬間、
ホッとしませんでしたか?

人は基本的に変化を恐れるし、
自分が知らないものよりも、
慣れ親しんでいるものに
心地良さを感じますよね。
問題は、、、
それが人から見たら
どんなにひどい状況だったとしても、
やはり同じように
心地良さを覚えてしまうことです。
少し違った例をあげてみます。
例えば、、、
家族は仲良しだったけれど、
お金がなくて、
貧乏な子ども時代が嫌だった。
という人はどうでしょうか?
物に満たされていなかった、
という経験だけであれば、
自分で稼ぐことや、
女性なら経済力のある男性と結婚することで、
貧乏だった子ども時代は完全に過去となり、
いつか笑い話になる日が
来るかもしれません。

ただ、心が満たされていない場合は、
その空洞をどうやって埋めたら良いか分からず、
トラウマとしていつまでも記憶に残り、
気付かないうちにジワジワと
あなたの人生を破壊していく
可能性もあるのです。
では、どうやったら
過去から自分を切り離し、
負の連鎖を断ち切ることが
出来るのでしょうか?
私は今、この課題の中にいます。
少しずつ見えて来たことがあるので、
次回はそれを書きたいと思います。
読んで下さってありがとう。
良い一日になりますように。
Love,
人は忘却の生き物 VS 脳は忘れない
みなさん、こんにちは。
ちょうどサマーホリデーのシーズンですね。
みなさんの、、、
一番心に残っている夏の思い出は何ですか?
ちょっと考えるだけで、,,
いくつかの記憶が蘇って来るのではないでしょうか?

脳って素晴らしいですよね。
まるでビデオカメラみたいに、その時の瞬間を覚えている。
まだまだ未知の部分もたくさん秘めていて、
自分の頭の中にある物なのにとってもミステリアスな存在です。
人は忘却の生き物。
ドイツの心理学者、ヘルマン・エビングハウスの言葉です。
忘れたくない素晴らしい思い出。
でも、時を経るにつれてだんだんと曖昧になってしまう。
反対に、どうしても忘れられない。
そんな思い出はありませんか?
しばらく前に、私のカウンセラーがこんなことを言いました。
人の脳は忘れないようにデザインされている。
ヘルマンの言葉に反していますが、実はこれも正しいようです。
日常的な記憶は、古いものから順番に忘れていくけれど、
心が揺さぶられるような体験は、
たとえ何十年経っても、
まるで昨日のことのように覚えていたりする。
その瞬間の匂いや、
触感や、音さえ、
鮮明に心に残っていたりします。

大好きだった恋人が、私の名前を呼ぶときの声を、
今でも耳元に蘇らせることが出来ます。
何十年も昔のことですが、当時の古い歌を聴いたり、
二人の思い出の場所に似ている風景に出会ったりするとき、
まるで今も私たちがあの場所にいるように感じるのです。
不思議としか言いようがありません。

美しかったり、楽しかった思い出が蘇って来るのは嬉しいけど、
嫌な思い出ばかり覚えている、
という人も多いかもしれません。
繰り返し苦痛だった時間を思い出したり、
ことあるごとにそれを人に話していた結果、
新しい記憶として脳に上書きされてしまう。
嫌な思い出だけを消しさる魔法も薬もありません。
トラウマを克服する治療として、
脳に電気ショックを与える治療法もありますが、
失敗することを考えたら、受ける気にはならないでしょう。
ではどうやったら、、、
ネガティブな思い出から、
遠ざかることが出来るのでしょうか?

失恋の痛みは新しい恋をすることで消えていく、
というのは経験上、知っている方もいると思います。
子どもの頃のトラウマは、
新しい恋人を作ることで
乗り越えられるものとは違います。
新しく優しい愛情のある母親を見つけて、
子ども時代をもう一度やり直すというわけにはいきません。
英語では、Reparentingという言葉があります。
これは、例えば、結婚して幸せな家族関係を持つことで、
バーチャル的ではあるものの、、、
自分が与えて貰えなかった愛情など、
自分が欲しかったものを子どもに与えたり、
優しいパートナーから大切にされることによって、
今までの愛情不足を改善し、
子ども時代のトラウマを解消する方法です。

ただ、ここにひとつの大きな問題があります。
子ども時代に虐待されて育った人は、
幸せで穏やかな関係を選ばないことが多い
と言うことです。
次回はこの続きを話したいと思います。
みなさん、いつも読んで下さってありがとう。
良い日曜日を過ごして下さいね。
Love,
「今、持っているものに感謝する」は、時として危険な呪文。
みなさん、こんにちは。
日本は梅雨入りの真っ最中と聞いてます。
外出や通勤時には足元、気をつけて下さいね。
みなさんは、
小さなことや身近なことに
毎日、感謝してますか?

私は日々、不満な言葉が出そうになる前に、
それを感謝に変えようと努力はしてます。
気をつけていないと、
見逃してしまう小さな感謝対象がいっぱいあるように思うから。
感謝することで幸せエンドルフィンもアップするらしいから、
これは毎日たくさん感謝出来ることをみつけた方がお得。

「今、持っているものに感謝する」
私の友人の1人が言い続けているこの言葉が今日のテーマです。
最初にこの友人の背景をざっくり書くと、
彼女の結婚生活は残念なことに、
10年以上前から崩壊しています。
ご主人はずいぶん前から他の州に住んでいるそう。
友人は結婚してから35年くらいずっと専業主婦なので、
今は生活費を毎月ご主人から送って貰い、
かつてはご主人も子どもたちもいた広い家に、
ひとりで暮らしています。

彼女は本当に優しい良い人で、
色々ボランティアもしているのですが、
ある日、彼女は私にこう言いました。
ごめんね。あなたを家に誘えなくて。
実は私、家を全く片付けられないの。
その後、彼女を助ける機会があって、彼女の家に行きました。
想像以上に、広い家のどこもかしこも物だらけで、
文字通り、足の踏み場も無い状態です。
生ごみだけはきちんと捨てているようでしたが。
その後は何度か彼女を訪問して、
10年以上前からためてある雑誌や新聞を紐でくくり、
要らないものをゴミ袋に入れる作業を手伝いました。
けれど、次に行くとまた元通り。
家の至る所に要らないものが積み重なっていて、
とうとう片づけを手伝うのは諦めました。
私と一緒にいる時は捨てようと思った物も、
捨てられずに結局、
ゴミ袋から出してしまうそう。

この、片付けられない症候群は、
彼女のご主人が他の州に行ってしまう
少し前から始まったそうです。
ご主人や子どもたちとの思い出を、
彼女は何一つ、
捨て去ることが出来ないのかもしれません。
夫婦という形が壊れていく中で、
彼女の心も少しずつ壊れていってしまったのかもしれません。
ところで、
私と主人は結婚当初から問題があって、
常に彼女に励まされて来ました。

あなたの結婚は、私に比べたらまだマシよ。
あなたたちは一緒に食事や映画に行くでしょう?
うちはそんなこと20年以上、
ううん、もっと前から全くないのよ。
あなたのご主人は家出しても
いつも謝って帰って来るじゃない。
あなたがもし、彼と離婚して
他の人と再婚しても、
その人が今のご主人より最悪だったらどうするの?
離婚なんて考えるのはやめて。
今、持っているものに感謝して。
ここまで読んで下さったみなさん、
どう思いますか?
彼女の言葉を聞きながら、
長い間、私はそれがおかしいことに
気付きませんでした。
むしろ、持っているものに感謝出来ず、
主人の悪い部分ばかりを見て
悲しくなっている自分の方が悪いのだろう、
とさえ思っていたのです。

私の結婚についてはまたあらためて書きますが、
みなさんが想像しやすいように、ひとつだけ事実を書いておくと、
私の主人は、
されたことがあります。
「今、持っているものに感謝する」
友人は今もその言葉通りに、
送られてくる少ない生活費に感謝し、
屋根があることに感謝しようと努力しながら生きています。
心から感謝出来ているようには勿論思えない発言も、
頻繁に飛び出します。
彼女は、昔、誰かから教わったという、
今、持っているものに感謝する
という言葉の呪縛から
抜け出せないのだと思うのです。
感謝するのは素晴らしいことです。
ただし、、、
感謝することで自分が少しでも幸せを感じ、
癒される気分になるものだけを
対象にしておきましょう。
今持っているもので、、、
自分にとって毒になるもの、
要らないものは捨てる勇気を持ちたいですね。
友人は今でも笑顔が可愛らしい女性です。
彼女が20年前に「捨てる」勇気を持てていたら。
彼女を愛し、大切にしてくれる人と、
今頃、きれいに整理整頓された家で、
本物の笑顔を見せていたんじゃないかな?

どんなに良い言葉も、
使い方によっては「毒」になってしまう。
彼女を見ていてそれを学んだのに、
私もなかなか「捨てる」ことが出来なかったひとりです。
それについてはまた今度。
読んで下さってありがとう。
良い一日になりますように。
Love,
毒親の虐待を経験して分かったこと
みなさん、こんにちは。
今日のランチは何を食べる予定ですか?
美味しいご飯を気の合う仲間や好きな人と食べる時間は
本当に楽しいですよね。

私は小学校5年生の時に、体重が19キロしかなくて、
その頃から担任の先生が毎週家庭訪問に来てくれるようになりました。
子どもだった私は単純に、
私の体重が少な過ぎるから体を心配して来てくれているのか、
母が美しい人だから会いに来ているのかも、
って何となく思っていただけだった。
学校の帰りに担任の先生が時々、
「他の友達や、お母さんには内緒だよ。」って
当時、最寄り駅の前にあったラーメンを食べさせてくれたり、
不二家でお菓子を買ってくれたり。
大人になってから、あぁ、先生は両親の虐待を疑って
頻繁に家庭訪問に来てくれていたんだな、
って気が付いたのだけれど。
小さかった頃の記憶。
私は小学校の前は、幼稚園に一年間通っただけだったんだけど、
多分その前の記憶なんだと思う。
母と二人で過ごす時間。
朝は大体、納豆ご飯だったみたい。
お腹が空いているから、納豆の豆の部分を食べたかったけれど、
母が私のご飯に載せてくれるのはいつも、
刻んだネギの部分を少しだけ。
もう少し大きくなってから母に質問したことがあった。
「どうして私はお豆を食べられないの?」って。
母は、
「子どもは豆を食べてはいけないから。」
と答えていたっけ。
ランチは大体、インスタントラーメン。
小さなお椀に、数本のラーメンを入れて貰えるだけだったから、
夕飯までいつもお腹を空かせてた。

子どもだったから、それが虐待なのかもどうか分からず、
早く父が帰って来て夕飯を食べたいなぁ、
と毎日毎日思っていた記憶がある。
これも後から気が付いたけど、父がいたから夕飯は
普通に食べさせて貰えていたんだろうね。
両親、または父親か母親のどちらかに虐待されて育つ子どもは、
もしかしたら虐待されていたということに気が付かないまま、
心にトラウマを持ち続けて大人になって、
あるイベントをきっかけに鬱になったり、
自分の子どもを知らないうちに虐待していることもあると言います。
私が心から、
あぁ、やっぱり私は母に虐待されていたんだ。
って気が付いたのは、実は今年の二月。
母が亡くなった後でした。
予想していた悲しみが何も湧かなくて、
それどころか何とも言えない開放感が広がって、
「あの人は誰だったんだろう?」としか思わなかった。
涙も出なかったし、
わざわざ帰国してお葬式に参加したいとも思わなかった。
それをカウンセラーに話したら、
あなたはやっと、母親に愛されていなかったことを受け入れたのです。
それは子どもの立場からすると悲しいことで、
大抵は受け入れることを脳が拒否します。
あなたの母親にどんな事情があったとしても、
子どもを虐待していい理由はどこにもありません。
そんな母親をあなたは愛すことが出来なかった。
子どもだから親を愛さなければいけないということは無いんです。
あなたの今の感情は、まったくおかしい感情ではありません。
むしろ今、あなたはあなたが本来持つべきだった感情に
気が付くことが出来たんです。
母親から呪縛から解放されたんですよ。
そんな風に説明してくれました。

母の誕生日、母の日、クリスマス。
母が喜びそうなものを見つけて贈っていた自分。
LINEのビデオを通して、
アメリカ時間では夜中の二時過ぎに目覚ましをかけて起きては、
母が亡くなる直前まで面会をしていた自分。
お母さん、愛してるよ。今までありがとう。
殆ど意識がなくなった母に、そんな言葉を言い続けていた自分。
どんなに虐待されても、子どもは母親を愛せるのか?
私は自分の体験を通して、
いいえ。愛せないし、愛さなくて良い。
と、やっと答えが見つかりました。
母を愛していると言っていたのは演技ではないと思うけれど、
子どもだから親を愛さなければいけないんだ。
という一般的概念に縛られた脳のトリックから
抜け出すことが出来なかったのだと今は思います。
Toxic relationshipは、相手が例え親であろうが、
あなたのパートナーであろうが、
あなたに害を与えている関係は断ち切る勇気を持って下さい。
知らない間にそれらのポイズンは、あなたの心を病気にしてしまうから。
愛してくれない相手を愛する必要はない。
もっと早くそれに気づいていたら、と思う。
だからもしあなたがその被害者なら、
今すぐ、断ち切ってくださいね。
あなたは愛される価値がある尊い存在なんです。
良い一日でありますように。
Love,